翌朝、遅く起きた僕たちは、チェックアウトの時間ぎりぎりに海の見える部屋を出ると、桃子の車に乗って帰路についた。
もう桃子はメイド服ではなく、普段着のラフな格好に着替えている。ピンクに白文字のTシャツとジーンズだ。桃子はピンクが好きだから、身につけているどこかにピンク色がある。例えば靴ひも、あるいは下着かもしれないが。
まだ朝食も食べていなかった僕たちは、途中で見かけたコンビニに寄り、おにぎりなどを買った。食べ物には特にこだわらない。そういう気取らない部分も、桃子の好きな所だ。相変らず外は暑かったが、コンビニの駐車場に止めた車のそばで食べた。桃子は車に寄りかかってお茶を飲んだりしている。
桃子の車のカラーであるメタリックブルー。考えてみると僕は昔から、このキラキラと輝く青が好きだった。正確に言うと、青系の色が一番落ち着くのだ。
例えば、今はもう作らなくなってしまったが、プラモデルでバイクやスーパーカーを組み立てた時にも、車体の色をよくメタリックブルーに塗ったものだ。
メタリックブルーをプラモデルに塗装する場合、その色の塗り方は二種類ある。方法Aは、まず下地に銀色を塗り、その上からかぶせるように、透明な青を薄く塗っていく方法。もう一つの方法Bは、最初から銀色と青の塗料を混ぜ合わせたものを塗るやり方だ。
方法Bの方が簡単だが、方法Aの方が深みがあり味わいよく仕上がる。桃子の車は、方法Aのやり方で塗装されているのだろうか。
桃子がなぜ自分の車をメタリックブルーにしたのか知らないし、そこには特に理由はないのかもしれないが、僕が桃子の姿を頭に浮かべると、そこにはいつも、あのメタリックブルーの車がある。
考えてみると、男が女を想うとき、そこには彼女の身につけている物、あるいは記憶に残る風景が、同時に浮かび上がるのではないだろうか。例えばフェルメールの「真珠の耳飾りの女」でも、印象深いのはもちろん彼女の顔や表情ではあるが、青い布(ここでも僕の好きな青がある)と、鋭いスペキュラーを持って輝く大粒の真珠の耳飾りも同時に印象的だ。それは合わせ鏡のように、彼女の美を引き立てているように見える。
それと同じく、僕にはあのメタリックブルーの車とともにいる桃子が、一番輝いて見えるのだ。
もちろんそんな話は桃子にしたことはない。食事を終えると、僕たちはまた車に乗ってしばらくたわいもない話をしてから、コンビニの駐車場を出たのだった。
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