第一章
「また、縛って下さい…」
ふとんの上に裸の身体を起こした真紀が、はにかむような笑顔を向けた。真紀の白い手首や乳房の上下には、うっすらと赤く、さっきの縛りの跡が残ったままだ。からまったまま投げ出されている赤い紐を手に取ると、僕は、はやる気持ちを押さえながら、丹念にそれをほどいていった。横座りになった真紀が、僕の手もとを見つめている。真紀の視線を感じながら、僕は、紐がうまくほどけてくれるのを祈って、必死に両手を動かしていた…。
真紀とは、インターネットのサイトで出会った。大学の非常勤講師を勤める僕は、ストレスを解消するために、自分のホームページを作り、そこでポルノ小説を発表していた。当然その内容には、十二分に、僕の好みが反映されていた。学生時代から、SM雑誌を欲望のはけ口にしていた僕の描く世界は、やはりそういう類いのものだったのだ。僕は妄想を存分にふくらませながら、小説の中で僕だけの女を縛り上げ、気の向くままに責め立てていた。
ある時、僕の小説を読んだという女性から、一通のメールが届いた。メールをくれた真紀は25歳のOLで、僕の書いているようなことに興味があるという。急速に、僕たちは親しくなっていった。縛られたいんです、という真紀の言葉に、僕は真紀と会う決心をした。
それまでに僕は、一度だけ、女性を縛った事があった。数カ月だけ、ある女の子とつきあった時、その子の身体を縛ったことがあったのだ。あけっぴろげな性格の彼女に、あるとき僕の性癖を打ち明けると、彼女はそれを許してくれた。もちろん、服を着たままだったが、初めて女性を縛るという経験を、僕は蜜を吸うように味わいつくした。あまりにも僕が真剣だったためか、それは一回限りの出来事だったが、とにかく僕は、その時はじめて、縛りを実践したのだった。
うまくいくだろうか、と、僕はその時の事を思い出しながら、何度も何度も、頭の中で縛りの手順をくり返した。それよりも、初対面の女の子を縛る事ができるのか、という心配の方が大きかったのだが、縛りの手順に集中することで、つとめてその事は考えないようにしていた。それに、何度もメールを交わしたためか、案外スムーズに進みそうな気もしていた。二人の気持ちが同じであれば、きっとうまくいくだろう、そういう予感に賭けるしかなかった。
夏も終わりかけた土曜日の午後、僕の住んでいる街の駅前で、僕は真紀と待ち合わせた。来る途中にも何度もメールが入ってくるので、僕は真紀が歩きながらメールを送って、転んだりしないかと心配になった。そしてとうとう、駅に着いたというメールが入ると、真紀らしい子が、駅の階段を下りてくるのが見えた。真紀はすぐに僕と目が合い、小走りに駆け寄ってきた。メールで伝えてくれた通りの、黒いワンピース姿の真紀は、目を細めてほほえみながら僕を見上げた。僕たちはすぐに手をつなぐと、人通りの多い表通りを避け、裏道から僕の部屋に向かったのだった。
つづく
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