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痛いのがSM?

 よく、SMって痛いんでしょ?と聞く人がいます。Sが一方的にMを痛めつけるようなイメージで、SMをとらえているのかもしれません。しかし、SMというのは、”お互いが満たされるために”行なうのです。つまり、本当にお互いが満足できるようなSMの行為なら、責められる側は、痛くても満たされているのか、あるいは、本当は痛くないのか、のどちらかなのです。

 まず、痛くても満たされるという場合があります。ご主人様が与えてくれる痛みに、ご主人様の愛情を感じ、それを受け入れて耐える自分をいとおしく感じるのです。自分がご主人様に必要とされ、自分の存在が確かなものに感じられるという喜びを、痛みの中に見つけることができるのです。

 もう一つは、痛いのが気持ちいいという場合があります。例えば、身体を縛られ、アソコをいやらしく触られながら、乳首に洗濯バサミをはさまれたとします。すでに、身体を締めつける紐の感覚と、アソコの快感で、身体は高まっているはずですから、その場合には、乳首の痛みも快い刺激となってくるでしょう。
 そして、そういう状況で乳首に洗濯バサミをはさまれて興奮した、という体験をしてしまうと、それを身体が覚えていますから、今度は、なにもしないでただ洗濯バサミをはさんでも、じわっと濡れてきたりすることになるのです。そこで、結果としては、痛みを与えられても、だんだん感じるようになってくるということです。
 このことは、ムチや、ロウソクなどについてもあてはまるでしょう。痛みと快感が混ぜ合わされるところに、SM特有の、未知の快楽が生まれてくるのです。

 このように、SMにおける痛みとは、ただ痛いだけではなく、ご主人様の愛情でもあり、快感を増幅させるスパイスでもあり、また、それ自身が心地よいものになっていくことさえあるのです。

 本当に相手の事を愛しく思うご主人様なら、耐えられない、無理な痛みを与えることはありません。責められる側の満足感が十分に得られるように、快感を同時に与えながら痛みを与えたり、また、与える痛みを調節するということを常に考えながら、責めを加えているのです。

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