海の見える部屋

 誕生日の朝、僕はいつもより早起きして身支度を整えると、桃子からの連絡を待った。約束の時間が近づき、もうすぐ着きそう、というメールが届くと、僕は着替えを詰めたバッグを持って家を出て、大通りの四つ角にあるコンビニに向かった。
 7月も終りで、外はとても蒸し暑い。コンビニに入り、雑誌を立ち読みしながらガラス越しに外を見ていると、やがて見慣れたメタリックブルーのワゴンが止まった。
 助手席のドアを開けて乗りこむ。快適な室温と、ビートの効いたヒッキーの曲。運転席には、白黒のメイド服姿の桃子が座っていた。これから、桃子が僕の誕生日祝いに企画してくれた、一泊旅行に出かけるのだ。
 恥ずかしながら、僕は免許を持っていない。だから、桃子が6人乗りのワゴンを運転するのを助手席からチラチラ横目で見るだけで尊敬し、ウットリしてしまう。乗っているだけで嬉しい。
 女の子にしては大きすぎる車じゃないかと聞いてみたことがあるが、桃子は、
「サッカー見に行く時に友達をたくさん乗せてあげて、代わりに私のチケット料金を払ってもらうの。お得よ」
そう言って明るく笑った。
 桃子は地元のサッカークラブのサポーターをしているのだ。
 桃子はカーナビの目的地をセットして車を発進させると、放置自転車で狭くなった道を、慣れたハンドルさばきで抜けていく。間もなく車は、片側2車線の広い通りに出た。
 足もとを見ると、運転席との間の床に、MDの詰まった缶ケースや、飲みかけのペットボトル、レシートの紙切れなど、生活感にあふれるモノが散らばっている。見ないでといつも言われる後部座席の方にも、サッカーの応援で使うという横断幕、段ボールに詰まった受験の参考書(桃子は通信制の大学を目指しているそうだ)、くしゃっと丸めた服など、桃子の道具が置いてある。
 僕は桃子の部屋に行ったことはないのだが、まるで部屋に入れてもらった気分だ。この楽しみはおそらく、免許を持っていない者だけしか分からないだろう。プライベートをのぞき見る気がして面白いのだ。
 ところで桃子はメイド服のまま運転を続けている。これはどういうことなのかというと、もちろん僕がリクエストしたからだ。
 もっとも、僕は旅行の最初からメイド服を着てくれと頼んだ訳ではないのだが、なぜか桃子は家を出る時からメイド服着用だったという。そのまま途中で宅急便を出したりもしたらしい。窓口の人が親切だったと話してくれた。
 最近の流行もあり、メイド服でのプレイを楽しむカップルは多いと思うが、メイドに車を運転させる男性は、あんまりいないだろう。しかし、飲み物を運んでくれるメイド喫茶のメイドばかりが、男性にとっての理想のメイドではないのだ。運転手をつとめるメイドの方が、メイドらしくていい。
 僕は初めからメイド服を着て現れた桃子の心意気に感激し、運転手メイドに大満足だった。人目などはどうでもよかった。
 まだ何も食べてないと言うので、僕たちは途中で見かけたコンビニに寄り(もちろんメイド桃子と手をつないで)、軽い食料を買って車の中で食べ、ドライブを続けた。

続く
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