第二章

 数か月の間、真奈美の家に通ううちに、昌一には、真奈美に対する疑いを持つようなできごとが、二つばかり起こった。
 その一つは、いつものように、真奈美の部屋で勉強を教えていた時のことだった。ころころと、床に消しゴムが落ち、真奈美は手を伸ばしてそれを拾い上げた。その時、ブラウスの長そでから、すっと伸びた白い手首を、昌一は何気なく目で追った。すると、真奈美の手首のまわりに、なにか腕輪のように、かすかなアザが見えたのだ。一瞬のことで、ハッキリとはしなかった。しかしそれは、締めつけられた跡、あるいは、手首をひもで縛られた跡のように見えた。真奈美は、特に気にする様子もなく、消しゴムを拾い上げると、勉強を続けた。
 次に、昌一が不審に思ったのは、別の日に家庭教師に来た時だった。真奈美は、まるで泣きはらした後のように目を充血させ、顔も少し赤かった。まだ若い女の子のことだから、いろいろあるのだろうと思い、昌一は理由を問いただすことはしなかった。しかし、真奈美が立ち上がり、本棚に参考書を取りにいった時、彼女のスカートからのぞく白い足を見て、昌一はぎょっとなった。そこには、くっきりと、ひとすじの赤い傷跡が刻まれていたのだ。それはまるで、誰かに鞭打たれた跡のように見えた。昌一が熱心に目にしていたSM雑誌の、鞭打たれた女の傷跡、それとまったく同じ種類のものだった。
 本棚から参考書を取り出し、振り向いた真奈美は、何気ないそぶりで席に戻った。昌一の頭の中は、激しく混乱し、その理由を探し求めた。
(もしかして、真奈美は、マゾ調教をされているんじゃないだろうか…?)そう考えると、真奈美から匂い出す、妖しい雰囲気にも説明がつく。それは、単なる昌一の考え過ぎかもしれなかった。足の傷跡にしても、体育の授業か何かで、ついただけなのかもしれない。しかし、昌一の頭のなかで膨らんでいた妄想のせいで、その傷跡は、真奈美がマゾ調教をされた証なのだという想像が、頭の中を渦巻いていった。

続く
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