Vouloir,c'est pouvoir.

 春一番が吹いた日も終わろうとする真夜中、キムチ鍋に安ウイスキーのお湯割りをあおりながら、オレがiBookで『ファイト・クラブ』のDVDを早送りしながら見ていると、突然携帯が鳴った。
「あっ、タカヒロ。まだ起きてたのね、良かった。これから行ってもいい?」
「いいけど。また縛られたくなったのか?」
「それもあるけど、今日はマジメな用事。そっちで話すから」
言うだけ言うと、ミチコは一方的に電話を切った。
 この女はいつもそうだ。服飾系の専門学校で出会ったクラスメートで、デザインの才能はまるで皆無だが、見かけは高飛車な、デキる女って感じ。こういう女にはマゾが多い。オレが考えたビザールコスチューム(いわゆる女王様のお召し物ってやつさ)のデッサン画を見せて意見を求めると、彼女は目をパチパチしながら何度も自分の髪の毛を触った。コイツはオレに気があるな、とオレは思った。髪を触るのは、ヤッてもいいわよのサインだって、どこかの心理学者が言ってたからな。
 そんなこんなで、オレはミチコに上手く話を持ちかけた。学校を卒業したら、オレがデザインしたビザールコスチュームのショップを立ち上げるから、一緒にやらないか、ってね。当然資金はないんだけど、そこはミチコにがんばってもらって。もちろん、ミチコを縛ってみたりもした。思った通りのマゾだったね。これまで縛ったコの中では、最高の反応だったよ。
 という訳で、学校を卒業してから、ミチコは六本木にある会員制のSMクラブで女王様なんかやっちゃってるのさ。そのクラブでは、まずM講習っていうのがあって、イジめられる側の気持ちを体験するためにマゾプレイをやらされるらしいんだけど、それが結構良かったって話。その話をした時のミチコの目はうるうるして、当然オマンコもグチョグチョだったと思う。
 外見はまさに女王様だから、ミチコはすぐに、クラブでトップに登りつめた。一流企業の役員とか高級官僚とか、金なら腐るほど持ってる豚野郎たちのケツを引っぱたいて、ミチコは稼ぎまくってるってわけ。その資金でオレたちのブランドショップがめでたく開店、っていう順序なんだけど、ミチコの経費がかかるせいで、なかなか金は溜まらない。経費って言うのはつまり、あれさ。ブランド物のコートだとか、バッグだとか。
 だから仕方なく、オレは細々と鼻フックデザイナーとして過ごしてるのさ。まぁ、悪くはないよ。孤独を愛するオレには向いてるし。

続く
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