地下鉄の中でミチコは、また、あの日のことを思い出していた。初めて貴宏の部屋に行った日のこと。SMに興味があるというアタシに、貴宏はイロイロと道具を見せてくれた。縄とか、ロウソクとか、アナルバイブとか、首輪とか。そのうちアタシはハダカにされて、両手を後ろに回されて、縛られてた。縛られたアタシの前に、貴宏は古い鏡を置くと、赤いボールギャグをくわえさせた。そして、鼻の穴にフックをかけて吊り上げた。鏡の中で見たその鼻フックは、黒いベースにシルバーのストーンがキラキラ輝いてた。アタシの携帯みたいにデコった、手作りの鼻フックだったんだ。
ハダカで縛られて、豚みたいな顔でヨダレを垂れ流すアタシの姿を鏡で見た時、アタシの人生は変わったって言ったら、大げさかな。キッチンの換気扇の下でPMを3本吸った、19の冬。
「今日、ラストについた客が、最悪なオヤジでさ」
「ふんふん」
「この鼻フックでブタみたいにしてイジめて下さい〜、だって。もともと豚みたいなカラダしてんのに」
「それで?」
「大切なお客様だから、それなりにあしらってたんだけど、急に苦しみ出しちゃって。病気の発作かなって思って、私ビックリしてフロントに」
「で、戻って来たら、オヤジはいなくて」
「プラダのバッグはなかった、ってわけ」
色白の顔が寒さで真っ赤になったミチコは、事のなりゆきを早口でしゃべり終えた。そしてオレがゆっくりと、その話を最初から繰り返した。仮病の変態オヤジが実はドロボウで、そいつの置き土産が、この鼻フックだったってこと。
「警察に届けると、いろいろ聞かれそうだし。そういえば、この鼻フックって、貴宏が作ったっぽいし。何とかならないかなって思ったの」